ひさしぶり逢へたあんたのにほひで|昭和七年六月 この句は、昭和七年六月、下関の川棚温泉に滞在していた時期の句です。 緑平老すなわち木村緑平は、山頭火より六歳年下の『層雲』同人で、この頃は福岡県の糸田で炭鉱医をしていました。山頭火と初めて出会ったの 続きを読む 2020年6月1日
きんぽうげ、むかしの友とあるく|昭和七年五月 この句は、昭和七年五月、美祢のあたりで詠まれた句です。 日記を読むと、九州から下関へ渡り、長府、山口、防府を経て徳山の久保白船宅を訪れ、そこから小郡へ戻っていることが分かります。そして、五月十日には 続きを読む 2020年5月1日
わいてあふれる湯のあつさ汗も涙も|昭和十年四月 この句は昭和十年四月十六日付の日記にある句です。句を詠んだ日の日記には「十何日ぶりに入浴」とあります。その前の日記をみると四月五日に入浴したことが記されているので、十一日ぶりの入浴だったことがわかり 続きを読む 2020年4月1日
水底青めば春ちかし(昭和八年三月) この句は昭和八年三月十八日の日記に記されています。山頭火の日記には冒頭にその日の天気や気候を記していることが多くあります。この年の三月前半の日記には、「春寒」、「曇つて寒い」などの記述が見られます。 続きを読む 2020年3月22日
ならんであるく石だゝみしめるほどの雨|昭和七年二月 この句は昭和七年二月四日付で福岡にある隣船寺の田代宗俊和尚に宛てて旅先の長崎から送った書簡にあります。 昭和六年十二月に熊本を出発した山頭火は、約七ヶ月かけて九州を旅します。各地で俳句仲間を訪ね、交 続きを読む 2020年2月22日
お正月の誰もこない小鳥の合唱|昭和九年一月 この句は、昭和九年一月に詠まれました。一月二十日付の風間北光宛ての葉書に書かれています。 みすゞ句稿お返しいたしました、おそくなつてすみませんでした、乱雑に筆を入れたこともあしからず、末尾に書き添 続きを読む 2020年1月22日