足音は郵便やさんで春めいた雨│昭和八年二月

解説

 昭和八年二月八日、其中庵(ごちゅうあん)での句です。句を詠んだ日の日記には

  あたゝかい雨、もう春が来たかと喜ばせるやうな。

と書いています。
 雨粒まで冷たい冬の雨とは違い、暖かい空気の中をしとしと降るような雨を、「春めいた雨」と言っているのでしょう。その雨に、春が近づいてきた喜びや期待感を膨らませています。

 一方、句の前半には「郵便やさん」が登場します。山頭火は全国各地の俳句仲間に宛てて頻繁に手紙を書いていましたが、同時に、彼等からの返事が来るのをいつも心待ちにしていました。「郵便」を詠んだ句は多くあります。

 秋はほがらかな日かげ もう郵便がくるころ(昭和七年)
 けさは郵便がおそい寒ぐもり(昭和八年)
 けさもしぐれる足音は郵便やさん(昭和八年)
 青草をふみ鳴らしつつ郵便やさん(昭和九年)
 雨の落葉の足音は郵便やさんか(昭和九年)
 しぐるるや郵便やさん遠く来てくれた(昭和十五年)

中でも、右の三句目~五句目は、掲句と同様に、足音によって郵便配達が来たことを悟っているという句です。そこからは、足音を聞きつけてわくわくしている山頭火の様子が想像できます。其中庵に定住するようになったからこそ、庵の中で、庵の外の様子を物音によって想像するという句ができたのでしょう。

 掲句の前半は、郵便が来たことを知らせてくれる足音を、そして後半は、もう春が来たのかと喜ばせてくれるようなあたたかい雨を詠んでいます。どちらも山頭火が心待ちにしているものを連れてきてくれます。
この足音と春らしい雨の音が渾然となって聞こえてくるようで、郵便と春への期待感が重なり合って膨らんでいくような印象を与えています。