蜘蛛は網張る私は私を肯定する│昭和九年六月

解説

 昭和九年、其中庵での句。春に旅先で肺炎を患って入院し、小郡に戻ってきてから一ヶ月が過ぎた頃に詠んだものです。「蜘蛛は/私は」と対の構造がはっきりしており、自然の景物と心情を対応させて詠んでいることがよく分かります。

 句を詠んだ翌日の日記には、「奴蜘蛛を観察する、なか/\面白い。」と書いています。また、掲句の他にも蜘蛛を詠んだ句は

  あをむけば蜘蛛のいとなみ 昭和七年七月
  ゆふ空ゆうぜんとして蜘蛛の生活 昭和九年六月

などがあります。一句目の「蜘蛛のいとなみ」とは蜘蛛が巣を張っていく様子のことでしょう。二句目は、網の上でゆったりと獲物がかかるのを待っている様子を、「蜘蛛の生活」と詠んでいます。山頭火は家の中にいる蜘蛛の様子をよく観察していたようです。
 一方、掲句を詠んだ頃の日記を見ていくと、〝生死〟について考えを巡らせていたことが分かります。

水と雑草との俳人として山頭火は生きる、生きられるだけ生きる、そしてうたへるだけうたふのだ!

『其中日記』昭和九年五月二十日

死にたくて自殺するのでなくて、生きてゐたくないからの自殺だ。
(略)
酒と句とが辛うじて私の生を支へてゐた。

『其中日記』昭和九年六月八日

このように、生きていくことを肯定する日もあれば、「生きてゐたくない」と書くこともありました。
 日記を読んでいくと、山頭火はこの時期に関わらず日々自省を繰り返しています。そして時には「生きてゐたくない」という思いに至ることもあったようです。

 しかし掲句では、網を張り他の虫を捕えることによって生きる、言い換えれば殺生をすることを肯定して生きている蜘蛛を見て、どうしようもないと思うような自分自身をも肯定しながら生きていくことを詠っています。人間にとっては難しいこともある〝自分を肯定すること〟を、小さな生き物から教えてもらっているのかもしれません。