いま写します紅葉が散ります│昭和八年十一月

解説

 句は昭和八年のもの。前書きから、現山口県山口市と萩市にまたがる長門峡を訪れた時のものと思われます。ただ、この頃の日記は残されておらず、詳細は不明です。
 句集『草木塔』に収められていますが、十一月十三日付け近木黎々火宛ての書簡にも書かれています。
 近木黎々火(ちかきれいれいか)は、下関に住んでいた自由律俳誌『層雲』同人で、山頭火と非常に親しくしていました。のちに俳号を「圭之介」と改めています。当時は山頭火を訪ねて其中庵に何度も足を運んでいました。
 掲句が書かれた書簡は、おそらく着物の繕いを黎々火の奥さんに頼んだことについて書かれていると考えられます。そしてそのあとに「長門峡の秋はすつかり気に入りました(春や夏とはちがつて)」と書き、掲句を記しています。
 『山頭火全句集』(春陽堂書店、平成二十五年)によると、長門峡での句は、このほかにも

山へ水へ魔訶般若波羅蜜多心経
水音の紅葉ちる岩のうへには観世音
鯉をよぶとや紅葉ちれとや手をたゝく

等があります。紅葉や渓谷の鮮やかさや美しく静謐な風景が伝わってきます。

 さて、掲句は「写します」と書かれているため、長門峡で写生をしているか、写真を撮っている様子を詠んだ句でしょう。一瞬を切り取って絵画や写真に収める、その瞬間にも紅葉はひらひらと舞い散っていると詠んでいます。「いま」という語や「ます」の繰り返しによって、臨場感が生まれており、静止画として捉えられた渓谷の情景と、絶え間なく舞い散る紅葉の様子が重なるように思い浮かびます。また、降り注ぐ紅葉の美しさと同時に、多くの人が紅葉狩りを楽しんでいる様子も想像できます。
 この句は日記等によって背景を詳しく知ることができない分、短い言葉からさまざまな想像を膨らませることができます。