大地したしう夜をあかしたり波の音│昭和五年十月

解説

 昭和五年九月、再び熊本を出発して旅に出た山頭火は、宮崎へと進み、句友に会った後海沿いを南下して現在の日南市に入りました。
 十月七日、目井津というところに宿を取りますが、飲み過ぎて野宿をしてしまいます。そのときに次のような句を詠みました。

酔うてこほろぎといつしよに寝てゐたよ
大地に寝て鶏の声したしや
草の中に寝てゐたのか波の音

 二日後には宮崎と鹿児島の県境の福島(現串間市)までやって来ます。この日の日記を見ると、「訂正二句」として次の句が記されています。

酔うてこほろぎと寝てゐたよ
大地したしう夜をあかしたり波の音

この後者が、今月の掲句です。
 前者は七日に詠んだ一句目の「いつしよに」を削除しただけの単純な訂正をしています。一方掲句は、七日の二つ目と三つ目の二句を一句にまとめるように改作しています。
 七日の二句目は、大地にそのまま横になって寝ていて鶏の声も身近に聞こえていると詠み、三句目は波の音によって野宿していたことを知る、と詠んでいます。
 一方掲句では、「大地にそのまま横になって夜を明かしてしまった。波の音も身近に聞こえてくる」と詠み、七日の二句をうまく一句にまとめてあげています。

 ちなみに掲句は山頭火の自由律俳句の中でも珍しく、文語を用いて「夜をあかしたり」と句の途中で切っており、定型俳句のようなリズムを持っている句です。

 掲句は日記を読むとその推敲の跡がよく分かります。修正後の掲句は、「大地したしう」や「波の音」とあるように、雄大な自然を五感によって捉え、野宿をしたことを表現しています。生活の記録から作品へと昇華させたと言えるでしょう。