昭和十年一月二十五日、其中庵での句です。この頃は二十四節気で大寒、一年で最も寒さが厳しい時期です。
句には「あたたかなれば」とありますが、寒い日が続く時期だからこそ、小春日和のあたたかさが余計にありがたく感じられたのでしょう。この日の日記にも、「のどかな日かげ。」と書いています。「日かげ」とは日の光のことで、晴れた冬の日のあたたかな陽光が想像できます。冬の日差しの中くっきりと木陰ができており、そしてあたたかくなって屋外に出てきた人影がちらりと見えるような情景でしょうか。
さて、掲句で特徴的なのは、句の後半で「かげ」が繰り返されている点です。同音の繰り返しによってリズムが生まれています。このように「かげ」という語を繰り返す句はほかにもあります。
たそがれる木かげから木かげへ人かげ 昭和七年 地べた月かげあたたかう木かげ 昭和八年 木かげ水かげわたくしのかげ 昭和十年
掲句の二つの「かげ」は、漢字にすると「木陰人影」となり、厳密には意味が異なります。「木陰」の「かげ」は光の届かない場所という意味、「人影」の「かげ」は光の反射によって見えるものの姿という意味です。このように辞書的な意味を見てみると、「かげ」という語がどちらも「光」に関わる語であることが見えてきます。それは、先ほど「日かげ」が日の光のことだと説明をしたように、かつて「かげ」が「光」を意味する語であったためです。
掲句で繰り返される二つの「かげ」は厳密には意味が異なりますが、「かげ」という語について考えてみると、「木かげ人かげ」という部分には、日記に書いていたような「のどかな日かげ」すなわち小春日和のあたたかな日差しを感じ取ることもできるでしょう。