この句は、昭和九年一月に詠まれました。一月二十日付の風間北光宛ての葉書に書かれています。
みすゞ句稿お返しいたしました、おそくなつてすみませんでした、乱雑に筆を入れたこともあしからず、末尾に書き添へた三句のうち、左の句を除いて下さい、(略)もし二句で足りませんやうならば、左の句を加えてください。 お正月の誰もこない小鳥の合唱 (後略)
風間北光は長野の『層雲』同人です。前年の昭和八年三月には、山頭火は風間北光宛てに次のような葉書を送っています。
おはがきと句稿と落手いたしました、出来るだけ早く、拝見を致してお返しいたしませう、(後略)
このやりとりから、風間北光が送ってきた句稿を添削して、その末尾に山頭火自身の句を書いたのだと考えられます。その末尾の句のひとつを「お正月の」の句に差し替えるよう頼んでいるのが、一月二十日付の葉書です。
さて、この句では、誰の訪れもなく静かに其中庵(ごちゅうあん)でお正月を過ごす山頭火自身と、小鳥がにぎやかに啼いている様子が詠まれています。山頭火の小鳥の句には、
いちにちだまつて小鳥の声のもろもろ(昭和八年)
小鳥なくや ひとりごといふ(昭和八年)
しんみり雪ふる小鳥の愛情(昭和九年)
たたずめば山の小鳥のにぎやかなうた(昭和九年)
明けるより小鳥の挨拶でよいお天気で(昭和九年)
など、其中庵に住んでいる時期のものが非常に多く、それらの句ではおだやかな山頭火の様子が詠まれていることが多くなっています。
この句も、誰も訪れてこないお正月を寂しいと表現せず、静かだからこそよく響いてくる小鳥の合唱に耳を傾ける様子が表現されているおだやかな句です。