およろこびの旗を立てみぞれするさへ|昭和八年十二月

解説

 この句は、昭和八年十二月に詠まれました。前書きに「皇太子御誕生」とあります。
 昭和天皇が即位したとき、皇太子(男子のお子様)はいませんでした。昭和八年十二月二十三日に明仁親王(現・上皇)が誕生し、皇太子となります。つまり、この句は、今年四月に退位した現在の上皇が、皇太子として生まれた際に詠まれたものということが分かります。

 当時は、大日本帝国憲法に「神聖ニシテ侵スベカラズ」という条文もあったように、天皇は「現人神(あらひとがみ)」とされていました。象徴天皇制である現在とは、天皇に対する意識は大きく異なっていたと考えられます。
 皇太子の誕生は新聞・ラジオによる報道によって全国に知らされ、国民全体がお祝いムードであったようです。特に東京市内は賑わい、午前七時には皇太子誕生を知らせるサイレンが東京市中に鳴り、また約二万人の奉祝提灯行列も行われたといいます。その様子は、北原白秋作詞・中山晋平作曲の奉祝歌「皇太子さまお生まれなつた」でも、


   日の出だ 日の出に/鳴つた鳴つた ポーオ ポー
   サイレン サイレン ランラン チンゴン
   夜明けの鐘まで
    日本中が大喜び/みんなみんな子供が
    うれしいな ありがと/皇太子さま お生まれなつた


と歌われています。
 山頭火は小郡の其中庵にいたため、東京市内の賑わいの中にいたわけではありませんが、祝福する気持ちを句によって表現しています。この句では、「みぞれするさへ」と詠んでおり、皇太子の誕生という大変喜ばしい出来事に、みぞれが降っていることすらもおめでたく感じられると言い、皇太子誕生を祝福しています。

 参考:千石雅仁『昭和天皇実録 第六』東京書籍、平成二十九年
    西洋軍歌蒐集館(http://gunka.sakura.ne.jp/uta/kotaishi.htm