この句は、昭和九年十一月十四日に詠まれました。
葉が風によって散り、実ばかりになって淋しくなってしまった柿の木と、その背景に見える青空を詠んでいます。木に残った橙色の実がその青空に映えている、鮮やかな色合いが目に浮かぶようです。そして、このようなほがらかな情景からは、作者である山頭火の心も同じように落ち着いて晴れ晴れと澄みわたっていたであろうことが想像できます。
さて、その日の日記を引用してみると、
好晴、身辺整理。 私の心は今日の大空のやうに澄みわたる、そしてをり〱木の葉を散らす風が吹くやうに、私の心も動いて流れる。 (略) 私はほんとに幸福だ、しんみりとしづかなよろこびを味ふ。
このように、この日は天気が良く、山頭火の心も同じように晴れ晴れとしていたことが書いてあります。
また、この日の日記の後半には、
私は遂に木の実をほんたうに味はひ得なかつた、もう歯がぬけてなくなつてしまつた、どうすることも出来ない、もつとも、耳で、眼で、手で木の実を味ふことは出来るけれど。
とあります。
山頭火は、歯が抜けてしまって木の実を食べて味わうことができない。でも、音や色や感触を通じて味わうことはできる、と言っています。
この句も、まさに、山頭火が目で柿の実を味わっているような句だといえるでしょう。
ちなみに、これは小郡の其中庵で詠まれた句ですが、其中庵のまわりには柿の木がたくさん生えていて、この時期は柿を題材にした句をたくさん詠んでいます。