草餅のふるさとの香りをいたゞく│昭和七年四月

解説

 昭和七年四月、長崎を歩いていた頃の句です。三月三十一日に平戸に泊まり、句を詠んだ四月四日には、平戸から御厨(現・松浦市)まで歩いています。
 平戸の風景を山頭火は非常に気に入ったようでした。日記でも

山も海も街もうつくしい、ちんまりとまとまつてソツがない、典型的日本風景の一つだらう。
(略)
物みなうつくしいと感じた―すつかり好きになつてしまつた

と褒めちぎり、また四月三日には

  平戸よいとこ旅路ぢやけれど
     旅にあるよな気がしない

などという小唄まで作っています。美しく日本らしい風景に、どこか懐かしさを感じ、「旅にあるよな気がしない」と唄ったのでしょう。

 さて、掲句は「ふるさとの香をいたゞく」とあります。ふるさとを詠んだ山頭火の句は多くありますが、掲句のように、食べ物によってふるさとを思う、という句はいくつもあります。

 蕗のうまさもふるさとの春ふかうなり 昭和八年
 めうがのこそれもふるさとのにほひをさぐる 昭和九年
 大根の煮えるにほひもふるさと遠きおもひで 昭和十一年
 ふるさとはちしやもみがうまいふるさとにゐる 昭和十三年

これらの句では、味やにおいが、かつてふるさと防府で過ごしていた頃を思い出すものとして詠まれています。五感の中でも記憶と結びつきやすいのは嗅覚ですが、食べ物を味わうときには味覚だけでなく嗅覚も使うため、食べ物の味も、記憶に深く残るものなのではないでしょうか。
 草餅の香り、蕗のうまさ、茗荷のにおい、大根の煮えるにおい、ふるさと特有のちしゃもみの味。これらを味わった記憶が、「ふるさとの味」「ふるさとの香」として山頭火に刻み込まれていたのでしょう。

 平戸でどこか懐かしさを感じる風景を堪能したあと、懐かしい香りのする草餅を食べ、より一層郷愁の念が強まったのではないかと想像できます。