星がまたたく 旅をつづけてきてゐる|昭和七年四月

解説

  昭和六年末、山頭火は日記に「旅から旅へ旅しつゞける外ない私でありました」と書き、仮寓していた熊本の貸二階を引き上げました。福岡県、佐賀県、長崎県と九州西国三十三か所を巡礼し、福岡まで戻ってきた頃に詠んだのが、掲句です。
 この句を詠んだ四月十七日には、福岡の句友である三宅酒壺洞(しゅこどう)や原農平に会い、飲んで語らって一夜を過ごします。しかしそれも一時のことで、翌日はまた次の場所へ向かい、旅を続けました。
 さて、山頭火が「星」を詠んだ句には、今回のように旅の中で詠んだものが他にもあります。

  蚤が寝せない旅の星空(昭和五年)

  こんやはここで、星がちかまたたきだした(旅中)(昭和十年)

また、人恋しさが詠まれていることもしばしばあります。

  星へおわかれの息を吐く(昭和六年)

  酔へばやたらに人のこひしい星がまたゝいてゐる(昭和七年)

  わかれて遠い瞳が夜あけの明星(昭和十年)

夜空の星は、人間の生きている時間とは比較にならないほどの長い時間をかけて光っています。これらの句では、どれだけ時間や距離が離れていても同じように輝いて見える星が、見知らぬ土地を歩き続ける旅の時間の長さ、別れた人との距離などを強調しており、まるで星の時間のように果てしなく感じられます。
 掲句では、「星がまたたく」に続いて「旅をつづけてきてゐる」とあります。「つづけてゐる」ではなく「つづけてきてゐる」としていることから、単なる現在進行形ではなく、過去からずっと続いている旅であることが強調されています。
 ひとつの場所に長くは留まらず歩き続ける山頭火が、ふと星空を見上げたときに思い起こしたこれまでの旅の長さ、そしてこれからの旅の計り知れない果てしなさが詠まれている句です。