からりと晴れた朝の草鞋もしつくり│昭和五年十月

解説

昭和五年十月二十九日、現在の宮崎県日向市から門川町付近を歩いた日に詠まれた句です。前日と当日の日記を見ると

ずゐぶん降つた、どしゃ降りだ、雷鳴さへ加はつて電灯も消えてしまつた(十月二十八日)

降つて降つて降つたあとの秋晴だ、午前中富高町行乞、それから門川まで二里弱、行乞一時間。けふの行乞相もよかつた、しかし一二点はよくなかつた、それは私が悪いといふよりも人間そのものの悪さだらう!(十月二十九日)

とあり、前日は雷が鳴るほどの悪天候だったようですが、当日は快晴となったことが分かります。

さて、掲句には「からりと晴れた」とあります。「からり」とは、明るく広々としているさまや、湿り気がなくて気持ちのいいさまを表わす語です。山頭火の句には次のような句もあります。

からりと晴れて枯木なんぼでもひろへるよ 昭和九年

からりと晴れて韮の花にもてふてふ 昭和十年

枯草からりと晴れたこころで 昭和十一年

これらの句を見ると、「からりと晴れた」という言葉からは単に晴天になったというだけでなく、気持ちまで軽くなるような、明るく爽やかな印象を受けます。

掲句の「からりと晴れた朝」も、前日の激しい雨から一転して、澄みきった空の下に広がる、清々しい秋の朝を表現していることが伺えます。「草鞋もしつくり」からは、悪天候で湿っていた草鞋が乾き、足にしっくりと馴染む心地よさが伝わってきます。「もしつくり」という言葉によって、晴れ上がった空だけでなく、足元にまで感じられる爽やかさを表現しているのではないのでしょうか。

 秋晴の空の下で、行乞の旅に出かける山頭火の清々しい心情が伝ってくる句です。