みんな生きねばならない市場が寒うて│昭和九年二月

解説

 昭和九年二月二十日、下関で詠まれた句です。
 前日の十九日、山頭火は当時住んでいた小郡の其中庵を出立し、北九州に向けて旅を始めました。行乞をしながら句友に会うための旅でしたが、この日は日記に

下関へ着いたのは九時だつた、唐戸市場を見物する、どうしても行乞気分になれない、あちこち歩きまはるだけ。

と書くように、行乞はできなかったようです。
 唐戸市場は現在でも、魚介類を中心とした卸売市場として人気の場所です。昭和の初めにはすでに市場があったようですが、昭和八年に現在の唐戸市場の基となった「魚菜市場」が開業しました。山頭火が訪れたのもこの「魚菜市場」だったのでしょう。
 さきほどの日記の文章は、次のように続きます。

下関といふところは、何と食べ物の多いこと! 食べる人の多いこと!
かうして歩いてゐると、私といふ人間がどれだけ時代錯誤的であるかゞよく解る、世間と私との間にある距離を感じる、しかし、私の悩みはそこにはない、私の悩みは、なりきれない――何物にもその物になりきりえないところにある。

 掲句の「みんな生きねばならない」の「みんな」には、山頭火自身は含まれていないと考えられます。唐戸市場や下関の街を行き来する人たちは、社会の中で生きていくために、働き、物を買い、美味しい物を食べています。しかしそのような「みんな」と、社会から少し外れて生きる山頭火との間には距離があります。日記ではその距離が悩みなのではないと書いているものの、掲句の「市場が寒うて」という表現には、世間と離れていることに対する寂しさが表れているように感じられます。
 社会の中で生きなければならない「みんな」を一歩引いた目線で見ながら、その距離に寒さを感じていると解釈できるでしょう。

参考:唐戸市場(https://www.karatoichiba.com/)