昭和十五年、松山一草庵での句。
湿気の多く蒸し暑い真夏の日、一日中遠くの方で雷がゴロゴロと鳴っているという様子を詠んだ句です。
掲句は無駄な語がなく、的確な言葉選びで一句の情景を描写しています。「むしあつく」という語によって空気感が、「遠雷」によって空間の奥行が、「いちにち」によって時間の幅が、「とゞろとゞろ」によって音が伝わってくるようです。
「とどろとどろ」は聞きなれない擬音語ですが、感覚的に意味を推測できるのではないでしょうか。山頭火の造語のようにも見えますが、実はこの語は古くから存在します。
古代の民謡を雅楽の曲調に当てはめて謡われた「催馬楽(さいばら)」の中に、次のような歌があります。
浅水の橋の とゞろとゞろと 降りし雨の 古りにし我を (以下略)
また狂言の「靭猿(うつぼざる)」にも、猿引(猿まわし師)のセリフとして「とどろ/\と鳴る神も」とあります。
古典文学でもこの他の用例はあまり多くないようですが、山頭火がこれらを知っていたとしても不思議ではないでしょう。
この句の特徴としてもう一つ取り上げたいのが、リズムです。音数を数えると五・八・六ですが、読み上げると「五・七・七」に近いリズムを持っていることが分かります。定型俳句ではありませんが、日本人に馴染み深い五七調に近いリズムで読むことができるのではないでしょうか。末尾が「とどろ」の繰り返しになっているところも、リズミカルに感じる要因の一つです。
有名な句ではありませんが、情景がさまざまな感覚を通して描写され、さらにリズムもよい佳句だと言えるでしょう。