飾窓の牛肉とシクラメンと│昭和七年三月

解説

 昭和七年三月六日の句。この頃は前年末に熊本を出発し、九州北部を行乞していました。掲句は、長崎から佐賀に入り、現在の太良町、鹿島市、白石町、江北町を経て佐賀市で詠んだ句です。

 さて、掲句の「飾窓」はショーウィンドウのことです。山頭火の他の句には、

  飾窓の御馳走のうつくしいことよ(昭和五年)
  飾窓の花がひらいてゐるビフテキうまさうな(昭和十二年)
  なんとうまさうなものばかりがシヨウウヰンドウ(昭和十三年)

等があります。これらはすべて旅の中で詠んだものです。掲句含めどれも飲食店や食料品店の店先のショーウィンドウを見て詠んだと考えられます。歩いて旅をする中で、街中の道を歩けば、その両側に立ち並ぶ様々な店が目に入ります。その中で、おいしそうな料理や食材が並ぶ店のショーウィンドウは一際目についたのでしょう。
 「牛肉」は、牛肉料理ではなく、肉屋で売られている精肉だと考えられます。シクラメンは様々な色の種類がありますが、赤やピンクのものや、赤と白の混ざった色のものが多く見られます。シクラメンの色と霜降りの牛肉が、ふと見まがうように似て見えたのでしょう。
ちなみに牛肉は明治以降に積極的に食べられるようになったものです。シクラメンも明治時代に日本に渡来し、大正時代に国内で栽培されるようになりました。昭和初期の句ですが、どちらもまだ新しいものという印象があったのではないでしょうか。

 掲句は、「飾窓」「牛肉」「シクラメン」という三つの単語に、「の」「と」「と」という三つの助詞を付けただけの、非常に単純な構造をしています。それでも、この三つの単語からは明治以降の近代の雰囲気が漂い、さらに、牛肉とシクラメンという、全く異なるはずの二つのものが似て見えてくる、不思議な感覚が伝わってきます。