水底青めば春ちかし(昭和八年三月)

解説

 この句は昭和八年三月十八日の日記に記されています。山頭火の日記には冒頭にその日の天気や気候を記していることが多くあります。この年の三月前半の日記には、「春寒」、「曇つて寒い」などの記述が見られます。冬の寒さとは異なるものの肌寒い日が多く、氷の張る日や雪の降る日もあったようです。一方で「ポカ〱日和」の日や「ぬくい雨」が降ったり、庭先にふきのとうを見つけたりと、随所に春の訪れも見つけています。

 春先は特有の肌寒さ、風の冷たさがあります。それでも冬に比べれば日照時間は長くなり、日差しも強さを増していきます。句の「青(あお)めば」(青む)は草木などが青く茂ることを意味しています(『日本国語大辞典』第二版第一巻参照)。日毎に長く強くなってきた日差しによって水底に生える藻などが青く茂ってくる様子から、春が近くなってきたことを感じ取っている句です。


 山頭火は其中庵に定住することで、身近なものを観察し続けることが可能になりました。変わらない日々の中にも確実に変化していく様子を目にすることで生まれたと言える句でもあります。
 また、この句を詠んだ日は広島の俳句仲間である大山澄太(おおやますみた)が初めて其中庵に訪れた日でもありました。前日には友人の国森樹明(くにもりじゅみょう)と打ち合わせをしてお茶やたばこなどを用意してもらい、自分でもほうれんそうのおひたしを作るなど歓迎の準備をします。そうして迎えた澄太と出会ったときのことを、山頭火は、

 一見旧知の如く即時に仲よしとなつた、予想した通りの人柄であり、予想以上の親しみを発露する、わざとらしさがないのが何よりも  うれしかつた、とにかく練れた人である。

 と日記に記しています。俳句雑誌『層雲』誌面上でのみ知っていた人と実際に対面出来た喜びが伝わってきます。
 澄太はこの後、山頭火の句集を編集したり、山頭火の死後は山頭火についての著書を多く記したりと、種田山頭火を世に広めた人でもあります。
 後につながる新たな出会いをはたした日に生まれた、新たな季節到来に期待を寄せた句です。